旅と歴史の記録帖

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宮島の戦いの現場を歩く―宮尾城跡と塔の岡から読む攻防

 

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宮島の戦いの現場を歩く―宮尾城跡と塔の岡から読む攻防

はじめに

日本三景のひとつとして知られる宮島。観光客でにぎわうこの島は、実は戦国史に残る大合戦の舞台でもあります。1555年、毛利元就と陶晴賢が激突した”厳島の戦い”です。今回、合戦の鍵を握った宮尾城(要害山)と、決戦の地、塔の岡(千畳閣)を実際に歩き、地形と史実を重ね合わせながら、当時の合戦を思い浮かべばした。

海に囲まれた戦場という発想

この戦いが特異なのは、海上に浮かぶ島そのものが戦場になった点にある。対岸の廿日市市の宮島口から15分、フェリーで渡ると、すぐに観光地宮島の風景が広がります。しかし、16世紀半ば、ここは一大戦略拠点でした。

広電宮島口と宮島行フェリー

元就は、対岸の廿日市の桜尾城(桂公園)を拠点とし、宮島にあえて未完成の城を築き、敵を誘い込むという大胆な策を用いた。それが宮尾城(要害山)である。晴賢は「小城なら容易に落とせる」と判断し、主力軍を率いて上陸した。だがそれこそが元就の思惑通りだった。

宮尾城跡――“囮”の城に立つ

宮島桟橋から歩いて5分ほどで27.1mと決して高いとは言えない、山裾の一角に宮尾城跡があります。現在は要害山として、石碑と案内板が立つ静かな場所だが、ここが合戦の発端となりました。

桟橋からすぐのトンネルと要害山の案内


宮尾城は本格的な防御を備えた城ではなく、あくまで敵を引き寄せるための拠点でした。背後は山、前面は海。退路が限られるこの地形は、守る側にとっては不利に見えます。実際に立つと、標高も低く、小さな町の小高い神社といった感じです。また要害山の上も大きなスペースがなくせいぜい400から500人しか詰めることができそうにありませんでした。  

要害山からの宮島桟橋と要害山にある今伊勢神社の参段


しかし、元就はそれを逆手に取り、敵がここに集中すれば、背後や側面から奇襲できると読んだと思われます。

要害山の山頂

城跡から海を見下ろすと、対岸との距離感がよく分かる。援軍を送り込むにも、退却するにも、すべて船頼み。ここに大軍が滞在すれば、補給や連携は難しくなる。まさに“袋の鼠”にするための舞台装置だったことが実感できました。

要害山からの塔の岡

塔の岡――勝敗を決した急襲の地

宮尾城跡から山側へ進み、坂道を上がっていくと塔の岡があります。現在、豊臣秀吉が建立したとされる、千畳閣五重塔が建っている場所です。現在、五重塔は修復工事中で、カバーで覆われきれいな姿を見ることができません。宮島を代表する絶景スポットです。

塔の岡(現在修復中の五重塔)と案内板

戦いの夜、元就は荒天に紛れて軍勢を島の東へ上陸させ、宮島の高い山を横断し奇襲をかけました。嵐の中での渡海という無謀な行動は、晴賢の意表を突きました。さらに、島内に潜ませていた味方勢力と連携し、夜明けとともに塔の岡方面から総攻撃を仕掛けました。

千畳閣と塔の岡からの宮尾城(要害山)

塔の岡は宮尾城と同程度の高さで、距離は、500mほどです。ここの背後には、現在の厳島神社などがあり、多くの兵士を詰めることが可能ですので、宮尾城方は一気に不利になります。実際に立ってみると、視界が開け、周囲の動きが手に取るように分かります。奇襲を受けた陶軍は混乱し、態勢を立て直せないまま崩れたといわれます。

修復前の千畳閣と五重塔
修復前の五重塔


地形が語る、元就の戦略

この二か所を歩いて強く感じたのは、立地だけを見ると明らかに陶晴賢側に有利な状況です。孤立状態の小さな宮尾城を多くの兵で取り囲み、宮島という立地のため、毛利方の援軍が来ても、海を渡らないといけないので、十分準備をし、待ち受けが可能なので、かなり陶側は余裕を持てたと思われます。

宮尾城と塔の岡の位置

晴賢最期の地を思う

敗走した晴賢は島内で自刃したといわれます。かつて西国に勢力を誇った武将の最期が、この静かな島で迎えられたと思うと、観光地の華やかさとは別の歴史の重みを感じます。

現在の宮島は、厳島神社を中心に穏やかな時間が流れている。しかし、ほんの少し山側へ足を延ばすだけで、戦国の緊張感が色濃く残る場所に出会える。

歩いて分かる「厳島の戦い」

文献で読むだけでは見えにくい合戦の実像も、現地を歩くことで立体的に理解できた。距離感、高低差、視界の広さ、海との関係、すべてが戦術と結びついています。

宮尾城跡と塔の岡は、派手な遺構こそないが、歴史好きにとっては極めて価値の高い場所です。観光の合間に少しだけ足を延ばすだけで、戦国最大級の知略戦を体感できるのだから、これほど贅沢な歴史散策はないです。

最後に

宮島を訪れた際には、ぜひこの二か所を歩いて戦国を感じてください。そこには、元就の深謀遠慮と、晴賢の決断、そして戦国の息遣いが、今も静かに息づいています。宮尾城、塔の岡ともに気軽に散策でき、コンパクトですので、当時の戦略等のイメージがしやすい場所です。