旅と歴史の記録帖

家族旅行での実体験をもとに、旅の計画や現地の雰囲気がイメージできる情報をお届けします。

広島市郷土資料館を訪ねて

この記事は 計算中 で読めます

広島市郷土資料館を訪ねて

はじめに

広島市南区宇品にある広島市郷土資料館を訪ねました。にぎやかな市街地から少し離れ、住宅街の中にポツンとたたずむ赤レンガの建物は、遠目にもひときわ目を引きました。ここは明治時代に建てられた旧陸軍糧秣支廠(缶詰工場)の工場建物を利用した資料館で、建物そのものがすでに貴重な歴史資料でした。

広島市郷土資料館正面

赤レンガが語る近代広島

この建物は1911年に建てられたもので、かつては陸軍の糧秣支廠として缶詰の生産が行われていました。重厚な赤レンガの外壁やアーチ状の窓、天井の高い内部空間は、近代産業遺産としての価値を今に伝えていました。資料館に入る前に建物の周囲を一周しました。レンガの積み方や窓の造りを眺めているだけでも、当時の技術力や産業の勢いが想像できました。

建物裏より
少し離れた場所にある食肉処理場跡


1945年の原爆の投下により、爆心地から3km以上離れていましたが、被爆し、人的被害は、軽微でしたが、爆風により鉄骨が屈曲する被害があり、現在もその痕跡が残っています。また、被爆建物として大切に保存されています。

広島が軍都として、また商工業都市として発展していった時代、この場所もまた都市のインフラを支える重要な役割を担っていました。建物がそのまま残され、資料館として活用されていることに、広島が歴史を大切に受け継いでいる姿勢を感じました。

暮らしの道具が語る時代

館内に入ると、明治から昭和にかけての生活道具が数多く展示されていました。台所用品、農具、商家の道具、子どもの遊び道具など、どれもがかつて実際に使われていたものでした。ガラスケース越しに見るだけでなく、配置や解説から当時の生活風景が目に浮かびました。

洗濯板やかまど、手回しの計算機や足踏みミシンなど、現代では見ることの少なくなった道具の数々は、人々が手間をかけて暮らしていた時代を物語っていました。便利さとは違う、丁寧な時間の流れがそこにはありました。

広島の産業の展示

現在の広島の主要な産業である、牡蠣の養殖方法の変遷や、かもじ作りなど伝統的な地場産業、アオハタジャムなどの缶詰工場の歴史についての展示などもあります。童心にもどり、素朴に小中学校の社会科見学に来た気持ちになれます。

宇品と広島港の発展

被爆建物

宇品は、広島の発展において重要な役割を果たしてきた場所でした。広島港の開港により、人や物資の流れが活発になり、広島は一気に近代都市へと変貌しました。展示では、宇品港の発展や物流の様子、港を中心に広がる町の変化が紹介されていました。

写真や地図を見ながら、かつてこの地域がどれほど活気に満ちていたかを知りました。現在は住宅地として静かな佇まいを見せる宇品ですが、かつては広島の玄関口として多くの人々が行き交っていたことがよく分かりました。

貨物の引き込み線路もあったようで、近くの住宅や、道路などの形状にその痕跡を感じることができました。

企画展示と地域の記憶

訪問時には企画展示も行われていました。”写真で見る宇品陸軍糧秣支廠”がテーマで、この建物が実際に使用されていた当時の、家畜な解体、加工、缶詰め方法などが写真で展示されていました。常設展示とはまた違った視点から広島の歴史を知ることができました。地域に根差した資料が多く、ここでしか見られない貴重な展示でした。

懐かしい赤いポスト

ゆっくりと流れる時間

館内は落ち着いた雰囲気で、来館者も少なく、静かに展示を見ていました。急ぐ必要のない空間で、ひとつひとつの展示に時間をかけて向き合うことができました。にぎやかな観光地とは違い、静かな時間が流れていました。幼少期の思い出と重ねつつ、懐かしく見学できました。

最後に

広島市郷土資料館の見学は、広島の「暮らし」に触れる穏やかな時間でした。大きな出来事だけでなく、日々の生活の積み重ねが歴史を作ってきたことを、展示の一つ一つが教えてくれました。

赤レンガの建物を後にするとき、広島という町が歩んできた時間の重みをしみじみと感じました。だからこそ心に残る場所でした。広島の歴史をより深く知りたい方に、ぜひ訪れていただきたい資料館でした。

アクセス

広島市南区宇品御幸2-6-20

駐車場 無料13台 入場料100円

開館9:00ー17:00(月曜休館)