旅と歴史の記録帖

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津和野観光ー旧堀氏庭園・旧畑迫病院・鷲原八幡宮流鏑馬馬場を訪ねて(5)

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津和野観光ー旧堀氏庭園・旧畑迫病院・鷲原八幡宮流鏑馬馬場を訪ねて(5)

はじめに

山陰の小京都として知られる 津和野町 には、城下町の風情だけでなく、地域の歴史や文化を深く知ることができる見どころが数多くあります。今回訪れたのは、豪商の繁栄を今に伝える 旧堀氏庭園、堀氏が設立した私立の畑迫病院(衣食の学び舎)そして日本でも珍しい流鏑馬馬場が残る 鷲原八幡宮 です。

津和野の中心部から少し足を延ばすだけで出会える歴史遺産の数々。今回はそれぞれの魅力をじっくり紹介します。

豪商の栄華を伝える旧堀氏庭園

津和野駅からにある20分、距離で10kmほど県道17号を北西に進んだところに旧堀氏庭園はあります。江戸時代から明治時代にかけて繁栄した堀家の邸宅と庭園です。

旧堀氏庭園場所

堀家は石見地方を代表する豪商であり、特に銅山経営によって莫大な財を築きました。その経済力は津和野藩を支えるほどだったといわれています。

堀氏の主屋と土蔵群、客殿がある楽山荘、和学園と羽田跡で構成された史跡です。庭園の入口をくぐると、まず目に飛び込んでくるのが広大な敷地です。山々を借景とした庭園は自然との調和が美しく、四季折々の景観を楽しむことができます。

旧堀氏庭園

池泉回遊式庭園を中心に配置された建物群は、当時の豪商の暮らしぶりを今に伝えています。豪華さを誇示するのではなく、上質で落ち着いた美しさを感じさせる点が印象的です。

屋敷内には数寄屋風の座敷や広間があり、明治期の建築技術の高さも見ることができます。障子越しに庭を眺めると、まるで時代劇の世界に入り込んだような気分になります。

庭園内をゆっくり歩いていると、水の流れる音や鳥のさえずりが聞こえ、忙しい日常を忘れさせてくれます。

津和野の町並み観光と比べると訪れる人も比較的少なく、静かに歴史を感じたい方には特におすすめの場所です。

明治時代には政財界の要人も訪れたとされ、地域を代表する迎賓施設の役割も果たしていました。

広大な座敷や応接空間からは、当時の堀家がいかに地域社会で重要な存在であったかがうかがえます。

津和野の街から離れた民家も少ない山間にこんなに立派な屋敷があることに大変驚きました。

地域の暮らしを学べる衣食の学び舎

旧堀氏庭園から300mほど津和野の街に近づいたところにあるのが旧畑迫病院です。

ここは、明治25年に当時最先端の医療を地元住民に提供することを目的に、堀氏が私財を投じて設立した病院跡です。昭和59年まで地域の病院として機能していました。

旧畑迫病院

ここでは、病院の歴史を紹介と診察室や、外科(手術室)、検査室など当時のままで展示されています。

また、一部改装して医食同源をテーマにしたレストランも併設されています。

鷲原八幡宮へ向かう

旧堀氏庭園を後にして向かったのが鷲原八幡宮です。

津和野中心部から車で5分ほどの津和野川沿いにあり、周囲を山々に囲まれた静かな環境にあります。

参道を進むと、厳かな空気が漂い、神社特有の静寂に包まれます。

社殿は自然豊かな景観の中に溶け込むように建ち、長い歴史を感じさせます。

しかし、この神社最大の見どころは社殿だけではありません

鷲原八幡宮には、日本でも貴重な流鏑馬馬場が現存しています。

流鏑馬とは、疾走する馬の上から的を射る伝統武芸です。テレビで時々神事としてみることがありますが、実際どんなところで行われているのか気になっていました。

約200m近い真っすぐの馬場で、両側を土手が囲む独特の構造です。参道に直角に交わっています。実際に流鏑馬を見ることは出来ませんでしたが、一度見てみたいです。

鎌倉時代から武士の鍛錬として行われてきたもので、現在では神事として各地に受け継がれています。

鷲原八幡宮の流鏑馬馬場は、京都の 上賀茂神社 の馬場を模して整備されたと伝えられています。

最後に

今回訪れた旧堀氏庭園、旧畑迫病院(衣食の学び舎)、鷲原八幡宮流鏑馬馬場は、いずれも津和野の歴史と文化を深く知ることができる場所でした。

豪商の繁栄を伝える旧堀氏庭園、地域の暮らしを学べる衣食の学び舎、そして武士文化を今に伝える鷲原八幡宮流鏑馬馬場。それぞれ異なる魅力を持ちながらも、津和野という町の歴史を形づくってきた大切な存在です。

城下町の散策だけでは見えてこない津和野の奥深い魅力を感じることができる今回の旅。少し離れた場所ですが、歴史好きの方はもちろん、静かな観光を楽しみたい方にもおすすめのコースです。