広島市を流れる太田川に架かる橋について(可部―川内)
はじめに
広島市を南北に流れる一級河川の太田川。中国山地から流れてきた太田川は、安佐北区の可部付近で根谷川や三篠川と合流し、その後、安佐南区、東区方面へと流れ、やがて広島市街地へ入っていく総延長103kmの河川です。
この太田川には、道路橋、鉄道橋、高速道路橋など、さまざまな橋が架かっています。
今回は、太田川の下流方向へ向かい、可部周辺から祇園新橋まで、主な橋を北から順番に見ていきます。

さらに注目したいのが、安佐大橋と安芸大橋の間で建設が進んでいる「中筋温品線太田川橋りょう(仮称)」です。
昔からある橋と、これから完成する新しい橋を比べてみると、広島市北部の道路交通がどのように変化してきたのかが見えてきます。
太田川橋・新太田川橋

可部から南へ進むと、まず注目したいのが国道54号の太田川橋と新太田川橋です。
太田川橋は1957年に完成した橋で、橋長は323.1m。鋼製の下路ゲルバートラス橋という特徴的な構造をしています。


特に興味深いのは、吊構を持つカンチレバートラス形式で、戦後に架設された同形式の橋としては貴重な存在とされていることです。

一方、新太田川橋は1980年に完成しました。
国道54号の交通量増加などに対応するため整備された橋で、現在は新太田川橋が東向き、太田川橋が西向きの交通を担う形になっています。

そして、すぐ南側にJR可部線の太田川鉄橋が平行に並んでいます。


高瀬大橋(高瀬堰)

さらに南へ進むと、高瀬堰に架かる高瀬大橋があります。

高瀬大橋は1970年に完成。橋長330.6m、幅員10.2mの鋼橋です。


高瀬堰とセットで見ると、この地域の太田川が単なる河川ではなく、治水や利水、道路交通を支える重要な場所であることが分かります。

高瀬堰は1975年、昭和50年に完成しており、2025年で完成から50年を迎えました。現在も太田川の水を利用する重要な施設として機能しています。

橋の上から太田川を眺めるだけでなく、高瀬堰周辺と合わせて訪れると、太田川の役割をより理解しやすい場所です。
安佐大橋

高瀬大橋からさらに下流へ進むと、安佐大橋があります。

安佐大橋は、安佐北区口田地区と安佐南区川内地区を結ぶ橋です。

1961年に完成し、橋長は314m、幅員6mの鋼橋です。また、歩行者用の安佐大橋歩道橋もあり、こちらも橋長314mとなっています。
完成から60年以上が経過している橋ですが、現在も地域の重要な交通路として利用されています。
安佐大橋の大きな特徴は、太田川を挟んで安佐北区と安佐南区を直接結んでいることです。
すぐ南には並行して、山陽道の橋梁が掛かっています


太田川の橋を巡ってみる
太田川の橋巡りは、単に橋の写真を撮るだけでも楽しめますが、完成年や橋の構造を調べながら歩くと、さらに面白くなります。
特におすすめなのが、安佐大橋、建設中の中筋温品線太田川橋りょう、安芸大橋を続けて見るコースです。
昔から地域を支えてきた橋と、これから地域の交通を変える新しい橋を比較できます。
また、橋の周辺には太田川の河川敷や堤防があり、場所によっては橋を横から眺めることもできます。
最後に
橋そのものだけでなく、河川敷、堤防、住宅地、山並みなどを一緒に撮影すると、その時代の太田川の風景を記録できます。
可部周辺から祇園新橋までの太田川には、1950年代から現在まで、それぞれの時代を象徴する橋が並んでいます。
次に太田川を訪れる際には、川沿いの風景だけでなく、「橋」にも注目してみたいと思います。