旅と歴史の記録帖

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広島・猿猴橋の歴史|原爆と復興を見つめた橋

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広島・猿猴橋の歴史|原爆と復興を見つめた橋

はじめに

広島駅から南へ歩いていくと、駅前大橋へ向かう途中で「猿猴橋(えんこうばし)」があります。

現在では広島駅と中心市街地を結ぶ道路の一つとして利用されていますが、この橋には長い歴史があります。江戸時代から広島城下の交通を支えてきた橋であり、明治以降の近代化、そして昭和20年(1945年)の原爆投下も経験しました。

特に興味深いのが、原爆によって広島市中心部の多くの建物や橋が大きな被害を受ける中で、猿猴橋がその後も修復されながら使われ続けてきたことです。

今回は、広島駅からも訪れやすい歴史ある橋「猿猴橋」について、その歴史と現在の姿を紹介します。

猿猴橋はどこにある

猿猴橋は、広島市南区にある橋で、猿猴川に架かっています。

猿猴橋の場所

広島駅南口から南方向へ歩くと、広電の路面電車が走る駅前大橋があります。その東に橋の欄干が豪華な小さな橋があります。これが、猿猴橋です。現在の広島駅周辺は再開発によって大きく姿を変えていますが、猿猴橋周辺には昔から続く道路の雰囲気も残っています。

橋の名前になっている「猿猴」は、この地域を流れる猿猴川に由来しています。

猿猴川は太田川水系の河川の一つで、最も東側を流れ、広島湾へと注いでいます。

その中でも猿猴橋は、広島駅と市街地を結ぶ場所にあることから、現在に至るまで重要な役割を果たしてきました。

南向き

江戸時代から続く猿猴橋の歴史

猿猴橋の歴史は江戸時代までさかのぼります。

毛利輝元によって広島城下町の整備が進められた後、広島の市街地には多くの道路や橋が整備されました。

猿猴橋も城下町の東側と市街地を結ぶ重要な橋として利用されていたとされています。

江戸時代の広島では、現在のように自動車や鉄道はありません。当然ながら人や荷物の移動には徒歩や船などが使われていました。

川が多い広島では橋の存在が非常に重要で、橋があることで対岸への移動が容易になりました。

猿猴橋は、西国街道から城下町の東側から市街地へ入る交通路の一つとして、多くの人々に利用されていたと考えられます。

明治時代と広島駅の開業

猿猴橋の歴史を語るうえで大きな転機となったのが、明治時代です。

明治27年(1894年)、現在のJR広島駅につながる山陽鉄道の広島駅が開業しました。

鉄道の開通によって広島の町は大きく変化します。

それまでの広島城下町を中心とした人の流れに加え、広島駅を起点とした新しい交通の流れが生まれました。

駅と市街地を結ぶ道路の重要性も高まり、猿猴橋周辺は広島の玄関口の一つとして発展していきます。

欄干の橋の名称

現在、広島駅から中心部へ向かう道を歩いていると、駅前の近代的な風景が続きますが、その途中には江戸時代から続く歴史を持つ猿猴橋があります。

そう考えると、この橋は広島の「城下町」と「近代都市」をつなぐ場所でもあったことが分かります。

原爆投下を経験した橋

昭和20年(1945年)8月6日、広島市に原子爆弾が投下されました。

爆心地から東側に位置する猿猴橋も被爆しました。

広島市中心部では建物の多くが倒壊・焼失し、多くの市民が犠牲になりました。

橋も例外ではなく、爆風や熱線によって大きな被害を受けました。

それでも猿猴橋は完全に失われることなく、その後の復旧とともに再び交通を支える橋として使われていきます。

原爆ドームや平和記念公園など、広島には原爆の被害を伝える建物や施設が数多くあります。

その一方で、猿猴橋のように「橋」という形で被爆の歴史を伝えている場所もあります。

広島市内には、6つの被爆橋があり、その一つがこの猿猴橋です

現在の猿猴橋を歩いてみる

現在の猿猴橋周辺は、広島駅の再開発などによって大きく変化しています。

駅前には高層ビルや商業施設が建ち並び、路面電車やバスなども行き交っています。

その中に猿猴橋があります。

猿候橋からの駅前大橋、広島駅

橋そのものは現代の交通に対応した道路橋ですが、周囲の近代的な風景と合わせて見ることで、広島の町がどのように変化してきたのかを感じることができます。

特におすすめなのは、橋の上から猿猴川を眺めることです。

川沿いには広島らしい水辺の風景が広がり、都会の中にある川として落ち着いた雰囲気があります。

また、広島駅から歩いて訪れることができるため、駅周辺の観光と組み合わせるのもおすすめです。

猿猴橋から広島の歴史を考える

猿猴橋の面白さは、単に古い橋というだけではありません。

江戸時代には城下町の交通を支え、明治時代には広島駅の開業によって新たな人の流れが生まれ、大正・昭和には近代都市広島の発展を見つめました。

そして昭和20年には原爆を経験し、戦後は復興する広島の町とともに歩んできました。

つまり猿猴橋は、広島の町の変化を長い時間にわたって見つめてきた存在なのです。

広島には原爆ドームや広島城、平和記念公園など、歴史を感じられる場所がたくさんあります。

南側から

しかし、観光地として目立つ場所だけではなく、普段何気なく利用している橋や道路にも、長い歴史が刻まれています。

猿猴橋は、そのことを教えてくれる場所の一つだと思います。

最後に

猿猴橋は、広島駅から歩いて訪れることのできる身近な橋です。

しかし、その歴史を調べてみると、江戸時代の城下町、明治時代の鉄道開通、近代都市としての発展、昭和20年の原爆、そして戦後復興という、広島の歴史そのものを見つめてきたことが分かります。

現在は多くの人が何気なく渡っている橋ですが、その下を流れる猿猴川も、橋の上を行き交う人々も、時代とともに姿を変えてきました。

広島駅周辺を訪れた際には、ぜひ少し足を延ばして猿猴橋まで歩いてみてください。